昨日の円教寺は天台宗の別格本山です。
岩手県の平泉にある中尊寺は天台宗の東北大本山、そこに51歳の11月14日に出家得度した人がいます。

先日99歳で亡くなられた瀬戸内寂聴さんでした。離婚して3歳の長女と別れ、波瀾万丈の人生だったと思います。名言の一つです。私は多く傷つき、多く苦しんだ人が好きです。挫折感の深い人はその分、愛の深い人になります。

小さなエッセイ集、花のいのちがあります。京都嵯峨野の寂庵に四季を通じて咲き誇る花々は、出会った人たちが小枝を提げ、植えてくれたものばかり。40年以上の年月が過ぎて、庭は森のようになった。どの木も花も携えて来てくれた人々の表情を思い出させてくれる、人生における出会いと別れを花に寄せて綴ったエッセイなのです。

そのエッセイで語られています。テレビのインタビューで何千回も聞かれたと・・・。なぜ出家したのかと。みんな最も納得したのは、更年期のヒステリーかもという答えでした。寂聴さんは長寿など一度も願ったことはないと言います。だから晩年の体の衰えを受け入れて、美しい自然に心を洗えば、あふれる幸せがわいてくるという言葉が出てくるのでしょう。寂聴さんは言います。母は51歳の時死亡、父は母の後を追うように60歳前に結核で死んでいる。たったひとりの姉は66歳で癌で死亡した。だから短命の一家です、と。

そして母の死に方が・・・。防空壕でアメリカ軍の爆撃により、終戦前の7月に殺されている。だから寂聴さんは反戦運動に力を入れていたのです。

フォークグループ 五つの赤い風船に「まぼろしのつばさと共に」という歌があります。国のために死んでいった、僕たちも高校時代に歌っていました。

今でもぼくは 思い出すのさ
あの頃の事 あの日の人
ぼくと同じ学生だった
国のためと死んでいった

Jakucho has been enthusiastically involved in anti-war movements, her mother having been killed just before the end of the war.