昨日のふるさと、童謡っていいですよね。日本人の持つ繊細さ、メロディーと歌詞で表現される、奥ゆかしさは極まりないものです。
その歌詞を英訳されているグレッグ・アーウィンさんの感性ってなんなのでしょう。昨日のふるさとは比較的、日本語に忠実に訳されていました。
さて、日本初の管弦楽団を作るなど日本において西洋音楽の普及に努めた作曲家がいます。山田耕作さんです。山田さんの作曲された“赤とんぼ”、私たちの心のふるさととも言うべき歌です。その曲に作詞された三木露風さん、兵庫県たつの市に歌碑があるので私も訪れたことがあります。午後6時になると赤とんぼの音楽が流れる。三木露風さんの実体験に基づいたこの歌、もの悲しさを感じずにはいられません。露風さんは5才の時、両親が離婚することになり、以降母親とは生き別れで祖父に養育されることになったのですが、実際は子守り奉公の姐やに面倒を見てもらい、その時の印象を歌にしたものなのです。
だから詞の第一節の“おわれてみたのは”を漢字で書けば“追われて見たのは”ではなく“負われて見たのは”であり、ねえやの背中におんぶされて肩越しに見た夕焼けという意味なのです。そして、姐やも嫁にいってお母さんの消息も聞くことができなくなった。なんと悲しい!だからグレッグさんも英語の歌詞を付け加えています。最後の部分、“夕やけ小やけの赤とんぼ とまっているよ竿の先”としないで、Now in my eyes, when I see dragonflies, tears are always sure to come.(ほら、私の目には赤とんぼを見る度に決まって涙が溢れてくるんだ)としています。

赤とんぼ(Dragonflies)

夕焼小焼のあかとんぼ
負われて見たのは いつの日か

山の畑の 桑の実を
小籠に摘んだは まぼろしか

十五で姐やは 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

夕やけ小やけの赤とんぼ
とまっているよ 竿の先

Dragonflies, as red as sunset,
Back when I was young
In twilight skies,
There on her back I’d ride
When the day was done

Dragonflies, as red as sunset
Back when I was young
Now in my eyes,
When I see dragonflies
Tears are always sure to come