まず、養老孟子先生著の「超バカの壁」からです。
これだけ医学が進歩しても、子供を自分で設計できるわけではない。設計図に基づいてロボットを作るのとは全く違うのです。だから子供は自然なのです。それなのに、子供という自然がいきなり都市に生まれてくる。そして、いきなりスマホ等のスクリーンが眼の前に現れるのです。
最近心のホスピタルで、子供のこころの発達の心配をする保護者が増えているようです。もしかして、社会の都市化と関係があるのでは?都市化するということは、自然を排除するということなのです。だから子供たちは疎外感を感じているのかもしれません。
私のふるさとは京都市の河原町今出川、昭和28年の頃でも(年がばれてしまいました)路面電車が走っていて、都市化が始まっていました。京都御所を自分の庭のようにして走り回っていたのです。でも、1つ憧れがありました。自然の山河に囲まれて生きていたい。だからいとこ達と早朝に山に出かけ、カブト虫・クワガタを取って育てたりしていました。
さてこの度、海外旅行をこよなく愛され、音楽にも造詣の深い患者さんから1枚のCDを頂きました。それは、米国ウィスコンシン州出身のシンガーソングライター、グレッグ・アーウィン氏が英訳し自ら歌っている日本の童謡の歌集でした。聴かせて頂いて幼い頃、そして今、東京で晩年を送っている父母(コロナで会うこともままならない)に思いを馳せています。グレッグさんが最初にこの歌を歌ったのは仏教の寺院だったそうです。その歌を聴いた僧侶が、“これは人間の魂の故郷へ帰ることを表現した歌です。それはあなたの魂の最高位かもしれない。あるいは無邪気だった幼年時代かもしれない”と言われたとのことです。
この歌にある“かの山”は作詞者である高野辰夫のふるさとである長野県の熊坂山、また“かの川”は班川であるという説があります。

ふるさと(My country Home)

兎(うさぎ)追いし かの山 小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷

如何(いか)にいます父母 恙(つつが)なしや友がき
雨に風につけても 思い出(い)づる故郷

Back in the mountains I knew as a child
Fish filled the rivers and rabbits ran wild
Memories, I carry these, wherever I may roam
I hear it calling me, my country home

Mother and Father how I miss you now
How are my friends I lost touch with somehow?
When the rain falls or the wind blows
I feel so alone
I hear it calling me, my country home