父の事もあり、先週は東京の新宿のホテルに宿泊しました。電力不足による節電のためか、新宿の街も暗かったような気がします。

遠く1964年、日本、そしてアジアで初めて開催されたオリンピックは戦後日本の復興の象徴でした。首都高速道路や東海道新幹線の開通など、日本中が燃えていました。そして10月10日、オリンピックの開会式で航空自衛隊ブルーインパルスによる五輪を描く祝賀飛行をカラーテレビで見られる家庭も増え、感動的でした。

そしてここに極まれりは、バレーボール全日本女子はその強さから“東洋の魔女”といわれ、日本対ソビエトの決勝戦はテレビ視聴率85%を記録しました。当時の私たち日本人は、老若男女問わず我が世の春は永遠に続くと錯覚したかのようでした。そしてこんな歌が大ヒットしたのです。それは「東京の灯よいつまでも」 先日亡くなった新川二郎さんが歌っていました。

その後の東京の街は不夜城のように灯りがともり続け、やがてバブルの時代を迎えるのは皆様が知るところです。第1回東京オリンピックは、日本を先進国の仲間入りをさせたという意味でレガシーを残したといえそうです。

さて第2回東京オリンピックはどうでしょう?競技場の設計の変更等最初からケチがつき、パンデミックの中、開催の賛否が二分される中開催が強行されました。競技においては感動シーンも多々ありましたが、その後出るわ出るわ、まずは金にまみれた疑惑が続々と、そしてそれは政治家に行き着くと言われています。大会の経費は1兆4238億円で当初の予定の2倍に膨れ上がった。そして今回新たに建設されたオリンピックヴェニューは今後、赤字を垂れ流し続けることとなるのです。終わってみたら負のレガシーだけが残る、でもさらに2030年札幌オリンピックも立候補する?なんとかしないといけませんよね。

Tokyo night view is getting darker recently due to electric shortage, and I hope activities of Japan will  revive again.

「東京の灯りよいつまでも」

雨の外苑 夜露の日比谷
今もこの目に やさしく浮かぶ
君はどうしているだろうか
ああ 東京の灯よ いつまでも