私が東京の武蔵高校を卒業したのが50年前、来たる9月、記念同窓会が開かれる予定で、今から心待ちにしています。高校卒業してすぐ神戸大学に来ていますので、50年ぶりに会う友も多い。でも小椋桂さんではないけれど、“時に長さがあるなんて だれが決めたのですか”高校生活のことは今でも昨日のことのように鮮明に思い出します。
私達の高校には軽井沢に青山寮という寮があり、毎年夏休みにはバレー部の7日間の合宿をして1日中練習をしていました。でも当時は日中もまだ涼しく、練習後旧軽井沢で食事をしたりして楽しみました。
さて、当院本日から診療開始ですが、今年は何を思ったのか3日間軽井沢で過ごしました。神戸から新幹線を乗り継げば、約4時間で行ける。随分便利になったものです。着いた瞬間思いました。“涼しい”と。でも地元の人に聞くと“この頃の軽井沢は都心に負けないくらい暑いんです”ということです。(今年は台風8号の影響で少し気温が下がっている)
そして新幹線の駅前には広大なアウトレットが。以前そこに青山寮のあったところです。改めて50年の歳月の長さを感じます。駅から離れていくとそこには昔ながらの自然が。そして宿泊したところは、日常から離れて暮らしてというコンセプトからテレビ等の設置はありませんでした。何もせずにのんびりと自然にひたり、ゆっくり過ごさせて頂きました。
We visited Karuizawa after 50 years absence, where we enjoyed ourselves, being totally immersed in peaceful nature.
さて、避暑地としての軽井沢のスタートは1886年、カナダ生まれの宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー氏が当地を訪れ、その美しい清澄な自然と気候に感嘆し、家族・友人たちにその素晴らしさを推奨して、その夏この地に避暑に訪れたのが最初だと言われています。年を追ってショー氏の友人達である宣教師の別荘が建ち始め、軽井沢は発展の速度をはやめていったのです。
だから軽井沢は必然的にキリスト教的風潮の強い町なのです。かつて軽井沢を訪れた宣教師達はランタンの灯りで町を照らして人々の幸せを願いました。その幸せを願う想いを受け継ぎ、今年も教会の森にランタンを灯すサマーキャンドルナイトを行ったのが軽井沢高原教会です。
今年で101回目のこの教会は、設立にキリスト教指導者内村鑑三も関わっています。“神が創造した天然こそが祈りの場である”という思想から生まれた教会なのです。
天然の中での時空があっという間に過ぎ、神戸に着いた直後に連絡がありました。“老人ホームの方が心肺停止です”と。