2017年12月 京都大学が日本初のノーベル賞受賞者の湯川秀樹先生が終戦前後に書き残した日記を初公開したのです。
湯川先生が原爆研究に関わった記述がある一方、広島や長崎の原爆被害も詳細に記しており、専門家は戦後平和運動に携わった湯川先生の歩みを知る記録として注目しています。

自分が関わった研究で空前の被害が出た故に、先生は誰よりも強い思いで平和運動を主導されたのでしょう。日記を分析した小沼通二慶応大学名誉教授は、“最初は国が正しいと考えていた。湯川の価値観が戦後になって変わったことが読み取れる。1945年に平和運動への道が出来たのだと思う。”と言われています。
インスタグラムにも載せました。私の実家にある湯川先生の詠まれた歌、何度みてもぐっとくるものがあります。

“みどりこき 松みる人も人の世の 平和続けといのる朝夕”

英語に意訳するとこんな感じてしょうか?

“I am praying continuation of peaceful world every morning and evening, for people looking at pine trees, deep in green.”

身近で核実験・ミサイル発射をくり返す北朝鮮、でもそれでも私たちは核戦争なんてありえないと思っていました。
でも先行きは不透明に。一つたがが外れるとあらゆることが一気におこるのです。まるで洪水のように。だから私たちは今すぐ立ち上がらないといけない。

Once one almost impossible event has happened, many bad ones are going to follow unhingedly like a deluge, that is how things go in this world.

1967年に結成されたフォークソングメンバー、西岡たかしさん率いる五つの赤い風船の歌です。“私たちは今戦争を忘れてはならない”
「遠い世界に」という歌をご存知の方も多いでしょう。