1995年1月16日 冬の時期としてはぽかぽか陽気で、私は同僚の医師とゴルフに興じていました。翌日にまさかのことが起こるなどということは全く頭になく。

翌朝AM 5時46分52秒 ゴーッという音とともに地面から突き上げられるような強烈な衝撃とともに目覚めました。まさにマグニチュード7.3の阪神淡路大震災の発生した瞬間でした。まさしく、青天の霹靂でした。東京に暮らしていた時は、月に何回か揺れを感じていましたが、大学で神戸に来てからは15年以上ほぼ皆無、神戸は地震がなく安全だと信じていたからです。

その瞬間から全てが変わった。私は、心肺停止になられた方の御自宅を訪問させて頂いたり、病院では次々と搬送される患者さん、上の先生からは“これだけ多かったらトリアージをしないといけない”と言われました。トリアージとは、災害発生時などに多数の傷病者が発生した場合に傷病の緊急度や重症度に応じて、治療優先度を決めるというものです。悪く言えば、助かる見込みのない人は治療を諦めよというようなものです。そんな命の選別は私にはできず、苦しい毎日を送りました。

そして先日、また予期しないことが。南太平洋の島国のトンガで海底火山が爆発しました。そして8000㎞離れた日本にも津波が襲ってきました。災害は全く予期できない。そして予測もできない形で襲ってくるのです。

今年も1月17日 神戸市などが主催する“1.17のつどい”が開かれました。竹や紙の灯籠 約5000本の明かりで“忘 1・17”の文字が5時46分に浮かび上がりました。

「忘」の文字、忘れない・忘れたくない・忘れられない・忘れたい 人々それぞれが様々な思いでご覧になったことでしょう。

ただ私たちの辛いながらも貴重な経験を生かして、今後の防災に万全を尽くし、人々の命と生活を守っていかなければなりません。だから震災の記憶は風化させてはならないのです。

It is 27 years ago, when huge earthquake has hit our Kobe area, and we will never let its memories weather away.

私自身、震災で犠牲になられた方々のご冥福を祈りながら思い出したのがこの歌でした。
時と場所は違いますが、長崎県の各地、熊本県の一部及び佐賀市でお盆に行われる死者の魂を弔って送る行事があります。精霊流しです。