今年の秋、酷暑の後は冷たい雨、皆様お身体に充分ご注意下さいね。
いつもごめんなさい。昨日はバーブ佐竹さんの「女心の唄」、古い歌ばかりで…。
秋の空は人の心のように変わりやすい。まず生まれたのは男心と秋の空でした。この言葉ができたのは江戸時代。当時は既婚女性の浮気は命を落とすほどの重罪でしたが、既婚男性の浮気は寛大だったこともあり、移り気なのは専ら男性だったのです。若い娘に男性を警戒するように、戒めるために使われたりしていました。江戸時代の俳人、小林一茶は“はづかしや おれが心と 秋の空”と詠んでいます。その後、大正デモクラシーで女性の地位が向上すると恋愛の価値観も変わります。
西洋文化の影響で女性が素直に意思表示をできるようになり、この頃から女心と秋の空とも言われるようになります。女心は愛情に限らず、喜怒哀楽の感情の起伏が激しいことや、物事に対して移り気なことを示しており、男心とはニュアンスが少し違うようです。
1851年初演されたジュゼッペ・ヴェルディが作曲した「リゴット」、その中で有名なアリアがあります。                                                                                   

女は気まぐれ(女心の歌)

La donna è mobile
Qual piuma al vento,
Muta d’accento
E di pensiero

女は移り気 風に舞う羽のように
言葉や考えを すぐに変えてしまう

昭和歌謡の中では耐え忍ぶ女性を歌う歌があまりにも多いのです。

私待つわ いつまでも待つわ (待つわ)

着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます (北の宿から)

でも今はたぶん違います。少しでも約束の時間に遅れたら「なんで連絡してくれないの、もう会わない」ってなもんです。三善英史さん、甲高い声で歌われていました歌「雨」です。約束の時間を過ぎても、傘をさしながらじっと耐える女。

雨に濡れながら 立たずむ女(ひと)がいる
傘の花が咲く 土曜の昼下がり
約束した時間だけが 躰(からだ)をすり抜ける
道行く人は 誰ひとりも見向きもしない
恋はいつの日も 捧げるものだから
じっと耐えるのが 務めと信じている